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メモリーズ ~第九章 推測 その1~


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第九章 推測 その1

 

彼女の勤め先を知っていから二日後、俺は会社に有給休暇を貰った。

案の定、彼女が勤めている会社からの最寄りの駅は岩本町駅だった。

暫く歩き、ネットで調べたマルワフーズの本社に辿り着いた。

地上から上を見渡した。

 

俺はビルに入る前に壁に書いてあった案内を見て、マルワフーズがどこ階に入居しているかを調べた。

どうやら、五階と六階のビルの一室を借りているらしい。

俺はビルの中へ入り、エレベーターを使い、五階まで上がった。

辿り着いた先にはドアの片隅にマルワフーズと書かれている白い空間だった。

その先には受付の人間も一人いた。

 

「あのー、すみません、こちらに織村加奈さんという社員の方はいらっしゃいますか?」

 

俺は自動ドアを抜けて、受付にいた女に声を掛けた。

 

「・・・・・ええ、織村は弊社の社員ですが」

「・・・・・今、織村さんは社内にいますか?」

「・・・・・少々、お待ち下さい。只今、御確認致します」

 

そう言って、女は受話器を取った。

突然の訪問に戸惑っている様子だった。

 

「只今、織村は外回りなので社内にはいらっしゃいません」

 

ラッキーだ。

これで気兼ねなく、色々と訊き出せる。

 

「あのー、織村さんの事で少しお訊きしたい事がありまして、織村さんと同じ部署の方を呼んで頂きたいのですが、宜しいでしょうか?」

「ええ、宜しいですが、貴方は一体?」

「すみません、申し遅れました。私、ある事件で警察に捜査協力をしている茂木と申します」

 

ここは適当に嘘を付こう。

 

「・・・・・そうですか。警察に捜査協力をしている方ですか。しかし、それと織村に何か関係が?」

「それを知る為にこうやって、お伺いさせて頂きました」

「・・・・・承知致しました。只今、上の者を呼んで来ますので少々、お待ち下さい」

 

まだ怪訝そうな女は椅子から立ち上がり自動ドアを抜け、社内に消えて行った。

やはり、警察の名前を出すと一般市民の態度が変わる。

国家機関の効果は絶大だ。

 

暫くして、グレーのスーツ姿の男がやって来た。

顔に所々ある皺から四十代と推測した。

 

「お待たせしました。初めまして、エリアマネージャーの真砂と申します」

「お忙しい所、わざわざ申し訳ありません」

「ある事件で警察の捜査に協力している方だと。今日は何か御用で?」

「はい、この会社で勤めていらっしゃいます織村加奈さんという女性の事でお訊きしたい事がありまして参らせて頂きました」

「織村についてですか?」

「はい、そうです」

「彼女がその事件に関係していると?しかし、それなら何故私に?」

 

 急な呼び出しに少し不機嫌そうに感じた。

 

「いえ、決してそういう事ではないのですが、事件の参考人として彼女の事を知りたいのです」

「でしたら、彼女に直接訊いたら宜しいのではないですか?後、一時間程で外回りから帰って来ますので」

「いえ、織村さんを取り巻く周りの人達からの意見の方が参考になりますので」

 

上手い方便が思い付かなかった。

 

「・・・・・そうなのですか。良く分からないですね。まぁ、でも良いですよ」

「有り難う御座います。早速で恐縮ですがお訊きしても宜しいでしょうか?」

「ええ、どうぞ」

「織村さんは最近、社内で何か変わった言動等はあったりしますでしょうか?」

「いや、いつも通りですけど」

 

訊き方がまずかった。

しかし、他に思い付かない。

 

「そうですか」

「えーと、立ち話もなんですから、こちらへ」

「有難う御座います」

 

真砂エリアマネージャーが歩き出し俺もそれに付いて行った。

ガラス張りの部屋になっており、外からはこの部屋の中は丸見えである。

歩いている途中に一瞬社内の様子を見た。

社内は俺の会社にも負けないほど、忙しそうだった。

社員の動きが激しい。

二十人位はいるか?

さっきから電話の音が鳴り止まない。

ここまで聞こえて来る。

時には怒声も。

この会社の事情が何となく悟れた。

さっきから黙って俺の様子を見ているこの人は今恐らく、俺の事を不愉快に思っているだろう。

俺は椅子に腰を掛け、真砂エリアマネージャーを見た。

 

「話の続きなのですが、織村さんの私生活で何か変わった事は最近ありませんか?」

「さぁ、そこまでは。所詮は同じ会社の社員と言っても他人ですから私生活の事なんて分かりませんからね」

 

さっきの受付の女がコーヒーを持って来てくれた。

俺は「お構いなく」と言い、頭を下げた。

 

「でしたら、彼女の私生活の事で仕事に影響はないと?」

「そうですよ」

 

語尾が強く感じ取れた。

 

「では、彼女は仕事の事で悩みを持っていたりしませんか?」

「持っていないですよ。貴方もしつこいですね。それが事件と一体何の関係があるのですか?」

 

やはり、急な呼び出しで不機嫌だった。

 

「・・・・・それは言えません」

 

彼女が古丸海斗を殺害した一番の容疑者なんて言ってしまったら、もし違っていた時に今後の会社での彼女の立場に多大な影響が出てしまう。

今は絶対に言えない。

 

「話になりませんね。どうぞ、お引き取り下さい」

「いえ、このままでは帰れません」

 

ここまで辿り着いたんだ。

このままでは引き下がれない。

 

「・・・・・分かりましたよ。どうぞ、何でも訊いて下さい。私が知っている事があればお答えしますから」

 

発言とは裏腹に彼の態度は相変わらず、身悶えしているように感じ取れた。

 

「度々失礼な態度、申し訳ありません」

「まぁ、良いですよ。一応はわざわざお越し下さった、お客様ですから」

「有り難う御座います」

 

今度また、貴方の会社の店を利用しよう。

 

「けど、もう少しで私も用事があるので、時間になったら失礼させて頂きます」

「そうですか。・・・・・でしたら、最後に一つ伺っても宜しいでしょうか?」

「おや、時間と言ってもまだ十分程ありますがもう良いのですか?」

「はい、訊きたかった事はこれで本当に最後ですから?」

「そうですか。で、その最後の質問とは?」

「はい、古丸海斗という男性に心当たりありませんでしょうか?」

「古丸海斗?いや、分からないな」

「そうですか。有り難う御座いました」

「けど、その男は一体?」

 

ニュースを見ていなかったのか。

まぁ、そんなに大きな事件ではないから、一日見逃せばもう世間に出て来る事はないだろうから、仕方のないと言えば仕方のない事か。

 

「いえ、何でもありません。お忙しい所、お時間作って頂き、有り難う御座いました」

 

隠す事はなかったが、説明は面倒だ。

俺はそう礼を告げて、早く会社を出ようとした。

 

「最後までも黙秘ですか?」

 

そう言われた俺は「すみません」と言い、椅子から立ち上がって彼に頭を下げ、自動ドアへ向かった。

その後、俺は何となくふと後ろを振り返った。

まだ座っていた真砂エリアマネージャーがコーヒーに大量の砂糖を入れている姿を見た。

何故か砂糖はスティックタイプなのに親指を舐めていた。

あれは彼の癖なのか?

舐めた指をテーブルに置いてあった布巾を使って、自分の唾液を拭き取っている。

そんな事をするなら、最初から親指なんて舐めなくても良いでは?

 

「可笑しいですか?」

 

さっきから黙って立ち止まって目線を一直線にしてしまった俺に向かって、さっきの受付の女が話し掛けて来た。

 

「真砂エリアマネージャーはあれが癖なのです、何か飲んだり、食べたりする時必ず、自分の指を舐めるのです。料理が出て来たらその都度、親指を舐めては拭いてはの繰り返しなのです。周りからみたら迷惑な癖ですよね」

「いえ、そんな事はないと思います。色々と有り難う御座いました」

 

俺は慌ててそう言った。声が軽く裏返ってしまった。

 

「いえ、お気をつけてお帰りください」

 

笑顔でそう言われた。

俺はビルを出て、足早に岩本町駅に向かった。

また、真実に一歩前進した気がした。

それから約一時間後、俺はアパートに着いた。

冷蔵庫の中からペットボトルに入っているウーロン茶を取り出し、それをコップに一杯注ぎ、早速今日手に入った情報を整理してみる事にした。

 

まず彼女自身の事についてだ。

会社での何も普段の彼女は変わった所がないらしい。

しかし、彼女は毒を使ってネズミを殺した。

これは客観的事実だ。

もし、彼女が元々毒を摂ってしまって死んでいたネズミを発見し、土に放置しただけなのならば、わざわざ電車を使って移動なんかしなくても家の近くの土にでも放置すれば良いだけの事。

そうせずにわざわざ電車を使って移動しネズミを放置したのは、誰かがネズミが埋めてある場所を掘り返す事をしてしまったら近くに住んでいる自分が容疑者になってしまうからだ。

家の近くにネズミを埋めず、遠くの場所に埋めさえすれば、発見されても自分との関係性を見付けにくくできる。

そして、ネズミを殺害した理由は恐らく、毒の効力の実験をしたかったからだろう。

あのネズミは実験用のマウスだ。

ネズミ自体に殺意がある筈がない。

ここまではこれからする推測の仮定だ。

真摯に受け入れよう。

 

次にネズミと古丸海斗の関連性だ。

古丸海斗も毒を使って、殺害された。

これも事実。

その事より、彼と彼女と何か関連していたのは間違いない。

何故なら、この短期間でそれも近くで同じ毒を使って、死亡した二人の生き物が関係していない可能性が低いからだ。

しかし、今日の話では彼女は古丸海斗との繋がりはなかった。

勿論、あの男が知らないだけであるのかもしれない。

もし仮に、彼女が前々から古丸海斗と知り合いで、彼を殺害したのならば警察は彼女についてとっくに調べているだろう。

未だに警察から事件の捜査状況の進展の連絡がないという事は恐らくそれはないという事だろう。

しかし、彼女が突発的にその日初めて会った古丸海斗を殺害したという可能性はある。

しかし、今は結論を出す為の情報が足りない。

一先ず、その事は頭の片隅に置いておこう。

 

次はあの真砂というエリアマネージャーについてだ。

あのエリアマネージャー、今日話した感じだと恐らくはうちの佐々木と同種の人間だ。

第一印象でそう感じた。

これは事件には直接関係のない事だろうが、気にはなった。あの会社のあの陰湿さと忙しさの根本は俺の会社に共通している部分があった。

恐らくは・・・・・。

 

取り敢えず、今は情報が足りな過ぎる。

このままでは先に進まない。

鍵は古丸海斗だ。

彼を調べる事で今度は彼女にアプローチしてみよう。

確かニュースでは明南大学と言っていた。

都内の大学だ。

だったらここからなら直ぐの筈だ。

 

俺は夕食を外に食べに行く事も決め、手を付けていなかったお茶を一気に飲み干した。

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