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21世紀の資本主義


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20世紀の資本主義VS共産主義は資本主義が勝ち、資本主義の国が発展を遂げてきました。

しかし、資本主義VS共産主義の話の時代はとっくの昔に終わっています。

自民党が掲げている一億総活躍社会はひたすら生産と消費の為に増やし続けろと同じです。

本来、経済発展はどんどん効率的にモノが生産できるようになったということはその分、人々に余裕が与えられて良く、仕事が少なくなる筈です。

今の資本主義は資本家が利益をほとんど持っていく仕組みです。

本来ならば、効率化による成果は国民全員にフェアに分配される筈ですが、それがされていません。

 

資本主義は二度の大大戦によってモノが不足していた20世紀に機能していた仕組みでした。

資本主義はお金を持っている人達が決定権を握ります。

モノがない時代にはとにかくモノをたくさん作って、人々に分配させる必要があり、企業はいかにモノを大量に、効率的に作るかが重要でした。

その為に資本主義というのは良い仕組みでした。

資本家が利益を上げて、そのお金を集めて、それを企業に再投資して、たくさんの労働者を雇って、モノを作っていけば、大量に効率的にモノが作れる時代でした。

だから、結局資本主義において、資本家が利益を上げる、資本を集めるというものが肯定され続けてきて、それによって労働者達もより豊かになりました。

 

それも20世紀においては良かったのです。

それは国家がお金を集めて、それを投資することにも言えます。

国家がお金を集めて、インフラ等に投資して民間の生産性が劇的に上がる時代でした。

日本の場合、物凄いスピードで戦後復興が遂げられて、高度経済成長期を経て、あり余るほどたくさんのモノを作れるようになりました。

 

しかし、ある程度モノが潤沢すると、効率的に作れば売れるという話ではなくなります。

1990年代からそんなにモノを作っても欲しいモノがないから売れなくなっています。

日本の場合は資本主義そのものが大きく変わってしまいました。

昔の日本の資本主義はライン型の資本主義で、よりステークホルダーを多く持つような資本家だけではなく、労働者もステークホルダーで、事業の周辺にいる人達や地域の人達、環境だったり、そういったものをステークホルダーとして良い様な資本主義をある程度考えていました。

 

しかし、2000年代に入ると、会社が株主のものと定義付けし、アングロサクソン型資本主義に変わってしまいました。

いつの間にか日本の場合もお金と持っている人、株式を持っている人が全ての決定権も持っていて、その人達に利益を献上する為に、経営者も動くアングロサクソン型資本主義になってしまいました。

要するに、資本家の為に働け社会になってしまったのです。

 

資本家も労働者がステークホルダーではなく、単なる切るべきコストという考えです。

労働者がコストカットの対象にされ、正社員を切って派遣に切り替えるということをずっとやり続けて、会社の利益はどんどん上がり続けています。

しかし、その利益は資本家にいき、本来はステークホルダーである労働者達に配られていません。

資本家が労働者達からお金を吸い上げます。

その結果、本当に必要な人達にはお金が行き渡らなくなりました。

労働者=消費者ですから、消費者、労働者の力を奪うことによって、購買力を奪い続け、結局、たくさん作っても売れなくなってしまっています。

要するに資本主義そのものが自縄自縛に陥っているのです。

 

しかし、バブルから現在までは経済成長は全然なかったわけではありません。

1986年にはマネーストックM2は約340兆円でしたが、2018年でのマネーストックM2は約1000兆円で、お金自体は約3倍に増えています。

しかし、お金は3倍に増えているのに労働者の給料は全く変わりません。

その大きく膨れ上がったお金はほとんど企業の内部留保となって溜まっています。

 

利益を上げるということはその分、労働者には少なく払って、消費者からは高く取ります。

そうしないと利益は上がりません。

利益を上げないと会社が続かないという人もいますが、会社を続けることが大事なことではありません。

そもそも会社そのものは人の為にあります。

人が必要なモノを効率的に作るエンティティ、組織があれば良いだけの話で営利企業である必要はありませんし、利益を上げないと企業の継続性が担保されないならば、それは別の形で担保すれば良いのです。

 

本来ならば、効率的にモノが生産できるようになったら、余った時間は自由にすべきです。そうではなく、いつまでも働き続けさせられているのは今の金融資本主義がひたすらお金を使って動いたら、さらにお金を増やし続けなければならないというどうしようもない仕組みになっているからです。

我々はもう一度、何の為に働くのか何の為に生きるのかを考え直す必要があります。

21世紀はもっと価値が多様化すべきです。

20世紀の価値は生活に必要なモノ、効率的にたくさん作れるようなモノを作っていかなければ、人々が質の高い生活が出来なかったので、それをずっとやり続けました。

しかし、そういった汎用品はかなり効率的に作れるようになって、もっと人の手が余っている状況になれば、様々な価値が作れます。

より資源を使う様な価値だけではなく、もっと人間的な芸術、学問、人のサービス等を人間だからこそ出来る様なサービスや価値を増やしていくその為には人間、個人個人の自由度が大切です。

 

それが新しい時代の考え方の根本となるべきものです。

資本主義の基本だった、所有の概念は今生きている人達の時間と労力の無駄にしてしまっています。

最も大事な個人の自由まで制約して、統制を取ろうとするというやり方は間違っています。お金の論理が今、あらゆることを動かしてしまっています。

現代みたいに人間の生きる目的を見付ける時間、使命を果たせないまま、奨励されないまま、ただひたすら教えられたことを覚えて、そのまま大人になって、働いて、ただお金を稼がないと生きられないという自分の命を引き換え、人質に取られて生きるという社会になっている根本が資本主義です。

場合によっては自分の命を絶ってしまう人もいます。

これは経済だけの問題ではなく、生き方、思想に関わってくる問題です。

 

生きるということは自分の命の使い道です。

本当の一億総活躍社会は本当に自分が過ごしたい時間を過ごせるかどうかを考えることなのです。

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